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希少な女性セールスライターとして活躍する山原佳代さん。広告のライティングを手がける上で切っても切り離せない法律の重要性や、広告のクオリティを上げるために心がけていること、セールスライティングならではのやりがいなどについて語っていただきました。

【プロフィール:山原佳代】
国立音楽大学卒業後、医療機器メーカーなど数社での勤務や、結婚・出産・育児を経て、ライターへと転身。現在、会社を経営しながら、数少ない女性セールスライターとしても活躍。経営している会社では、広告マーケティング、店舗集客コンサルティング、通信販売のセールスプロモーションなどを手がけるほか、企業担当者向けに薬機法の研修講師なども務める。

作文で腱鞘炎!死に物狂いで培った文章力と独自の勉強でライターに

―大学卒業後、医療機器メーカーに就職されたそうですね。ライターを始めるまでの経緯を教えてください。

学生時代は音大で声楽を学び、ドイツ留学もしました。ですが、音楽家の道に進む同級生たちと同じことをすることに違和感を感じ、帰国後は一般企業に就職することにしたんです。留学中に学んだドイツ語を活かして、医療機器メーカーでドイツ語の会議通訳や秘書として仕事を始めました。

 

ライターという職種を初めて意識したのは、メーカー入社後ほどなく結婚・出産し、育児で仕事から離れていた時期でした。インターネットで料理関係のコラムニスト募集をたまたま見つけ、これなら小さな子供がいてもできるのではと興味を持ち、コラムの仕事を始めたんです。

この仕事をきっかけに他の媒体にも応募し、執筆する場所をだんだんと増やしていきました。報酬は1件2~3,000円ほどでしたが、稼ぎたいという意識はなく、「面白そうだからやってみよう」というスタンスでしたね。

―もともと文章は得意だったのでしょうか?

得意だという意識はありました。父が国語の教師で、小学生の頃から作文コンクールでは絶対に賞を取らなければならないという暗黙のルールのようなものがある家庭だったため、1つの作文を仕上げるために何度も推敲を繰り返す経験をしてきました。推敲のしすぎで手が腱鞘炎になったこともあり、本当に大変だった記憶があります。

正直文章を書くのは好きではないのですが、大変な思いをしてきた分、得意という意識はあります。当時の経験は相当体に染みついているようで、今でも手がけた広告が世に出た後も推敲してしまうほどです(笑)。

―本格的にライターを始められたのは5年ほど前だそうですね。

セールスライターとしての仕事が軌道に乗った時期が、ちょうどその頃です。子供が小さいうちは育児と両立できる仕事を探して色々な職種を経験し、同時に様々な勉強もしていたのですが、その中でセールスライティングという仕事があることを知りました。

セールスライティングは、広告記事やメールマガジンなどを執筆し、企業の集客や売り上げに貢献する仕事です。これはアメリカ発祥で、当時の日本には勉強できる環境があまりなく、アメリカの通信講座を受講して学びました。またネットビジネス系の商材を自分で購入し、消費者視点で「どのような売り方をすると人は商品を買いたくなるのか」を独自に研究していましたね。

その後、セールスライターとして仕事をいただくようになり、実績を積んでいくうちに紹介が紹介を呼び、徐々に仕事が波に乗っていったんです。

表現の問題だけではない。法律の意図を理解する重要性とは

 

―セールスライターは難しく、専門にしているライターは少ないと聞きます。セールスライティングのどのようなところが難しいのでしょうか?

美容や健康、食品の分野など、法律が絡んでくる点が特に難しいです。例えば、薬機法や景品表示法など、執筆する上で絶対に知っておかなければならない法律があります。薬機法は効果・効能をうたわなければ良いと、「『~が期待できる』という表現にすれば良い」など、言葉のテクニックだけで何とかしようとしている人が非常に多いです。こうした方々は、なぜその法律に則らなければならないのかという前提がわかっていません。

広告に関連する法律はそもそも、公平なマーケットを作るためにあると考えています。消費者が間違って、不要なものを買わないように、良くない商品を良い商品のように感じて購入してしまわないようにすることが大切です。限られた表現を用いて、企業は平等なマーケットの中で競争していくことができます。この狙いを理解して執筆することがとても大事です。

―表現だけの問題ではないんですね。

法律の本質を本当の意味で理解している人は少ないです。また、商品の販売開始日やCMのオンエア日などが決まっているので、そうしたスピード感のあるスケジュールを回していく技量も求められますね。広告では、制作工程の最終段階で法律のチェックが入ることが多いため、法律の理解が足りない方だと、最後の法務チェックに引っかかり、せっかく進めてきた広告が作り直しになってしまうこともあります。

―法律の勉強や、最新の情報の収集はどのようにされているのでしょうか?

わからない情報は消費者庁や行政の薬務課に電話をかけ、ガイドラインを取り寄せて確認しています。直接、役所に出向き行政の担当者の方に相談することもあります。食品に塩が含まれている場合、塩のガイドラインが絡んできますし、深層水や除菌スプレーなどにも独自のガイドラインがあり、法律は本当に細かく疎かにできません。私は幸い、細かいことを勉強したり、物事を徹底的にやりこんだりすることが向いているので、この作業はあまり苦ではありません。

責任感と専門性が求められる“影の存在”

 

―仕事をする上でのやりがいは何でしょうか?

セールスライターは影の存在です。セールスライティングの仕事は納品したら企業のものになるため、私は他のライターさんのように「このコピー書きました」など実績を公表はしません。ただ、他のライターさんではなかなか受けにくい仕事だとも考えています。法律が絡む責任の重さや、専門性の高さがあるこの仕事を得意分野にできていることにやりがいを感じますね。

―最後に、山原さんの今後の展望をお聞かせください。

翻訳案件が増加してきているので、英文コピーライティングや中国語の勉強に力を入れたいです。これは語学だけを学ぶのではなくて、文化も含めて学びたいと考えています。心に刺さるコピーは国によって異なります。例えば、日本では「何10万ダウンロード」という数字はとても影響力があるように見えますが、英語圏では日本の何10倍ものマーケットがあるため、「数10万ダウンロード」という数字では「それのどこが凄いの?」と受け取られてしまうこともあります。最近依頼の増えている中国語案件にも対応するために、中国人がどのような広告を好むのか、彼らの広告文化も含めて中国語を勉強中です。

また、これからはセールスライターをどんどん育てていきたいです。セールスライティングは法律が関連するため、小手先の文章テクニックだけではどうにもならず、実践を積んでいかなければ身につきません。一緒に仕事をしているライターさんには赤入れやフィードバックを根気良く繰り返していますし、企業では法律関係のセミナーで講師をすることもあります。セールスライティングについて少しでも理解していただけるよう、力になりたいと思います。

ライターにオススメしたい書籍

「自家製 文章読本」井上ひさし
この本を読んだことがあるライターさんは、少ないのではないでしょうか。井上ひさしさんは、とにかく文章が上手です。ライターを目指す人は、うまい文章や新しい発想を生み出すクリエイティブな本をたくさん読むべきだと思います。この本では名作から広告まで、多岐に渡る文章を駆使した井上ひさし論が展開され、文章を職業にすることはそう簡単なことではないことを再認識させられます。

撮影協力:BOOK LAB TOKYO
撮影:@miya___miya

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五十嵐綾子

(株)宣伝会議主催「編集・ライター養成講座」を受講し、卒業制作で最優秀賞を受賞したことをきっかけに編集・ライティングの道へ。編集プロダクションにて街ネタ、グルメ、エンタメなど幅広いジャンルの情報誌編集を経てフリーライターに。現在は旅行、イベント・展覧会、女性向け記事などを中心に執筆中。大学は史学科を卒業し、各地の歴史・文化などに目がない世界史系歴女。世界遺産検定1級。